FC2ブログ

記事一覧

「アッティーヤ・イブン・サーリフの消息」

概要今回の記事はマラーズギルドの会戦の続きです。今回は写本のp.177 l. 17からp.178 l.12まで。タイトルと段落番号はベイルート版に依拠する。翻訳1.彼(マフムード)の叔父であるアッティーヤ・イブン・サーリフはルームの庇護下にいたが、彼の甥のマフムードに援護をもとめた。エジプトを目指したのち、彼らからは何も獲得しなかった。アッティーヤはアンティオキアのdwqs(ドゥクス)とルーム(ビザンツ)の兵とともとに出発し、彼...

続きを読む

試訳「マラーズギルドの会戦」③

試訳 「マラーズギルドの会戦」③試訳「マラーズギルドの会戦」②の続きです。マラーズギルド戦史は今回までです。よりにもよってビザンツ滅亡の日にやるのかよ……というツッコミもあるかと思いますが、せっかくなので今日投稿致します。今回の翻訳の範囲はフランス国立図書館写本176ページ6行目から177ページ17行目までです。翻訳13.(ビザンツ)皇帝は捕虜をスルターンの目の前へ連れて行き、鎖で繋いだ。彼と共にハヤブサと猟犬の目...

続きを読む

試訳「マラーズギルドの会戦」②

試訳「マラーズギルドの会戦」①の続きです。フランス国立図書館写本175ページ11行目から176ページ6行目までです。8.そのとき、木曜日の早朝になり、スルターン・アルプ・アルスラーンは彼の兵の残りの許へ到着し、川辺に野営した。ビザンツ皇帝は、1100の騎兵と5万のスルタン軍に所在地のラフワ(ヒラート近郊)を知られてしまった。スルターンは手紙を送って、謙虚な質問を送った。彼(スルターン)が彼ら(ビザンツ)の様子を試して、...

続きを読む

試訳「マラーズギルドの会戦」①

今日は大セルジューク朝のスルタン・アルプ・アルスラーンがビザンツを破った日という話を見てイブン・アル・アディームの『アレッポの歴史』の中にマラーズギルドの会戦の記録があるのを思い出し急遽翻訳するに至った。しかし、記事が全部で20段落もあり筆者の語学力不足のため全編を一日では7段落翻訳するのが限界だったため複数回の記事に分けることにした。今回翻訳する箇所は第14章で、ミルダース朝を紹介する章の流れに位置...

続きを読む

『アレッポの歴史』試訳「マリクシャーの死」から「アレッポでのバルキヤールク」まで

「マリクシャーの死」スルターン・マリクシャーはバグダードでヒジュラ暦485年のシャッワール月第16日に死亡した。アクスンクルは既にアレッポから出ていて、アレッポから使節をそこへ派遣した。そしてそこに知らせが届いたとき、彼は再びアレッポへ戻った。そして僅かな間に彼(マリクシャー)の息子のマフムードのためにフトバを行なった。そしてまことにその後にタージッダウラ・トゥトゥシュのためのフトバが行われた―上記のこと...

続きを読む